トヨタ自動車では国内外のエンジニア向けに高品質な整備技術教育を提供されています。この教育は50年以上の歴史を誇るものですが、近年教育のあり方そのものを変える取り組みが始まっています。「受動的な学び」から「能動的な学び」への変革を目指すその取り組みとは? 詳しいお話を伺いました。
トヨタ自動車株式会社
カスタマーファースト推進本部
サービス技術部 人材育成推進室 企画G
地区担当チーム 主任 中黒 章人様(左)
システム開発チーム 矢崎 顕之様(右)
※一時的にマスクを外して撮影しております。
お客様のニーズ
- いままでの集合研修主体の「受動型」教育から、自学自習・現場OJT主体の「能動型」教育にシフトし、より効果的・効率的・魅力的な教育を実現したい。
- 国内外で実施しているエンジニア教育のさらなるグローバル化、利用者拡大を図りたい。
導入後の成果
- リプレイスしたLMS「KnowledgeDeliver」を活用して自学自習・現場OJT主体の能動型教育を実現。
- 世界約70ヵ国、国内外で35,000人以上のエンジニアが利用するなど、グローバル展開を進行中。
- 今後はデータ分析やポイント・ランキング・アバターの導入でさらなる能動型教育の実現を目指す。
従来の「集合研修」から「自学自習・現場OJT主体の教育」を目指して
トヨタ自動車におけるエンジニア教育はいつごろから実施されているものですか。
中黒様:エンジニアの整備技術教育は1967年より始まったものです。冊子やCD-ROMなど時代に応じて教材を進化させながら国内、そして海外に提供してきました。以前は国内外で異なる教材を使用していましたが、2017年よりグローバル教材への一元化を目指しTEAM-GP(Toyota Education And Management system-Global Program)という取り組みを前身のLMS活用のもとスタートしました。実はこのTEAM-GPの目的は「従来型教育からの脱却」にありました。
従来型教育からの脱却とは、どういうことでしょうか。
中黒様:我々が目指したのは
従来の集合研修(受動的な学び)から自学自習・現場OJT主体の教育(能動的な学び)への変革です。これまでも自学自習などは行っていましたが、あくまでも1ヶ所に集まって行う集合研修がメインでした。今後は自学自習・現場実習が先にあり、そこで明らかになった個人の弱点などを集合研修が補填するというやり方を目指しています。そうすることで受講者が受け身ではなく、能動的に学習する態度へ変わっていくのではないかと考えたからです。
能動型教育を目指されるようになった背景にはどんな環境変化がありましたか。
中黒様:人は必要性を感じる内容を優先的に記憶するという性質を持っていると言われていますが、言い換えると、必要性を感じられない場合はいかなる方法を用いても効果を生み出すことは難しいものです。教えられるのではなく学習者自身が自ら学ぶという能動的な姿勢を身に着けることが学習効果を高める重要な要素だと考えています。
加えて車両技術の高度化や外国人エンジニアの採用等、働き手の多様化が進むなか、より効果的・効率的な技術教育が求められるようになりました。販売店・代理店において教育PDCAを回すことができ、1人1人に合った能動型教育が可能な学習環境が求められていたのです。そこで、それをより推し進めるためにLMSのリプレイスを検討していました。
上記以外の課題と、LMS「KnowledgeDeliver」を選定された理由をお聞かせください。
矢崎様:1つ目は多言語化です。前身のLMSでは細かいところまでの多言語対応が難しく、グローバル展開に支障がありました。KnowledgeDeliverでは各国のインストラクターが翻訳した情報を当社側でいつでも柔軟に登録できるように対応いただけるところが魅力でした。
2つ目はコストです。前身のLMSは多機能でしたが不要な機能も多くコスト高になっていました。また受講者にとっても機能がたくさん表示されるが故に混乱を招いていた部分もありました。KnowledgeDeliverにはある程度当社が望んだ機能がベースとしてあり、類似した用途で店舗でのOJTを一元管理するソリューションを既に展開されていましたので、必要なものを適度にカスタマイズすることでコストを抑えられると判断しました。
3つ目は、これまで使用していた教材を引き続き活用できるという観点からSCORM規格に準拠したLMSであることも条件としてありKnowledgeDeliverを選定しました。
LMSが可能にした新しい教育
実際にKnowledgeDeliverの導入でどんなことが可能になりましたか。
矢崎様:1つは、整備技術が身についているかどうかの評価をLMS上のチェックシートのみで実現可能になりました。いままでは現場で書き込んだ紙のチェックシートをエクセルに移してからLMSに連携をしていましたので、KnowledgeDeliverのチェックシート活用により現場の負担軽減につながっています。
当社の使用用途は自動車整備技術の教育ですから、eラーニングによる知識習得とテストだけでは不十分です。知識をもとに手が動く人材を育てていかなければなりません。そこで実技面もLMS上でトータルに評価・管理していくという考え方からこのチェックシートを採用しました。
チェックシート機能でOJTを見える化。知識だけでなく実技面もLMS上でトータルに評価・管理できる
まさに「現場OJT主体の教育」を具現化するものですね。
矢崎様:これはKnowledgeDeliverのOJTオプションを当社要望でカスタマイズし実装したものです。基本的なチェックシート機能はOJTオプションに元々備わっていましたから軽微なカスタマイズで済みましたし、非常に助かっています。
カスタマイズされたのはどの部分ですか?
矢崎様:例えばチェックシートに○×の評価をつけた際、その理由も入力できるようテキスト記入欄を設けました。各店舗で教育や評価が行われるとき、評価するのは先輩エンジニアですが、○×だけだとその上の販売店やディーラー、代理店にいるインストラクターに「具体的にどうだったのか」が伝わりません。評価をする人とインストラクターが必ずしもイコールではないため、のちのち分析したり、そこから弱点部分をインストラクターが補強する際に役立てるよう詳細データなどを入力できるようにしました。
ほかにはどのような特徴がありますか?
矢崎様:受講画面のトップページです。本来eラーニングとは必要な教材だけを表示するのが受講者にとってわかりやすい形だと思いますが、すべての教材を一覧化できるいわゆる「ライブラリ」形式にしています。項目ごとに分類しながら、閲覧可能な教材はすべてリスト化されているイメージです。
あえてライブラリ形式にされたのはなぜですか?
矢崎様:必須教材だけでなく任意の教材についても貪欲に学習してもらいたいという思いからです。たとえば「Aさんは必須の教材だけをやっている」「Bさんは必須に加え、任意の教材もやっている」となると誰が勤勉か見えるようになりますし、人事的には個人の評価にもつながります。学習に対するモチベーションを誘発することにもつながるでしょう。
ただ、ライブラリの性質上、教材が多くなってしまいますので「どの教材を勉強すればいいのかわからない」といったことを避けるために、各インストラクターの判断で「あなたの学習すべき教材はこれですよ」とおすすめできる学習指示機能を搭載しています。
膨大な履歴データを扱う各管理機能は、スマホの利用が多い現場の使いやすさも追求している
自学自習を促進するためのライブラリ形式であり、学習指示機能なんですね。このLMSを現場ではどのように活用されていますか。
中黒様:エンジニアが自学自習をしたり、先輩エンジニアがOJTをしながらチェックシートで技能判定をしたりします。また、インストラクターは個々の学習状況をLMSで管理・分析し、学習状況をふまえた追加教育を実施するなど効果的に活用しています。教育をeラーニング化したいのではなく、あくまでも「教育のあり方そのものを根本的に変えたい」をコンセプトにずっとやってきました。今回のリプレイスで目指していた現場での自学自習、OJT主体の教育の仕組みがより実現できています。
LMSをフルに活用して自学自習・現場OJT主体の教育を推進している
能動型教育をいかにグローバル展開したか
現在のLMSのご利用状況についてお聞きします。リプレイス時に海外展開をご希望でしたがその目標は達成できましたか。また、利用者数はどれくらい増えていますか。
中黒様:国内では28,000人、海外では11,000人が利用するなど着実に増えています。2020年度の海外の目標値が10,000人でしたから、当初の目標も達成できました。アジアでは台湾、中国、インドネシア、ベトナムなど、アジア以外だとサウジアラビア、バーレーン、オマーン、クエート、南アフリカ、ガーナ、エジプト、アルゼンチン、チリなど約70ヵ国で現在展開しています。
世界中で活用されているんですね。とくにeラーニング展開がしやすかった国はありましたか。
矢崎様:インドネシアは島が多いので集合研修に適していない国なんです。インストラクターが行くのも受講者に本島に来てもらうのも大変ですので、LMSを使った技術教育はインドネシアではとくに重宝されているようです。
受講者はどんなデバイスで受講されていますか。
矢崎様:海外ではスマホが多い印象です。アジアでは新興国でも若い世代はみんなスマホを持っています。
中黒様:以前まで当社のSCORMのeラーニング教材はPC用のみでしたが、リプレイスを機にKnowledgeDeliverに合わせ、スマホでも学習できるように改修したことも海外での普及につながったのではないかと思います。
ちなみに、コロナ禍における教育への影響はありましたか。
矢崎様:国内、そして海外でも集合研修がオンラインを使った研修に変わってきていますよね。コロナ以降、当社は以前から準備を進めていましたので、コロナ禍においてもeラーニングが利用できてスムースな移行になったと思っています。
今後の目標数は?
中黒様:2025年に国内30,000人、海外40,000人を目標に掲げています。国数では120ヵ国を目指し段階的に広げていく予定です。
データ分析やポイント・ランキング・アバター導入で能動型教育をさらに推進
改めて今後の展望をお聞かせください。
矢崎様:1つは学習履歴データの分析強化です。KnowledgeDeliverから一括で詳細の履歴データを出力する機能を作ってもらいましたので、BIツール(*)等を活用し分析可能なかたちでインストラクターに提供することで、技術習得が不十分な受講者をタイムリーに把握したり、教育プログラムの改善に生かすなど、様々な活用方法を研究しています。
もう1つはポイント制の導入です。eラーニング受講やeテスト合格に応じてポイントを付与し、獲得ポイントに応じてランキングに掲載されたりアバターなどのアイテム交換ができたりといったことを進める予定です。
開発中のポイント・ランキング・アバター機能。個人だけではなくチーム間での利用も想定
こうした取り組みは受講者の主体性を伸ばすことを目的としたものですか。
矢崎様:そうです。実はこれまでのeラーニングにありがちだったのが、受講はさらっと流し見で済ませテストをとにかくやってみるという方法です。そうすると1回目は低得点になりますが、答えを確認し再度テストを受けることで最短で合格する、これを目標にしている人も正直少なくありませんでした。
なるほど。それを変えたいという思いが込められているんですね。
矢崎様:今回導入するポイント制では、例えばテストを1回目で合格したときはボーナスポイントが入り高得点になります。また、正解率が100%のときもボーナスポイントが付与されます。そのため、eラーニングをしっかりと受講してからテストに臨むとか、必須だけではなく任意の教材もより能動的に受講してもらえるようになるといったような行動変容につながるのではと期待しています。
ランキングもやる気が出そうな仕組みですね。
矢崎様:国内ランキングのほか、世界ランキング、社内ランキング、店舗内ランキングなどがあります。ただしアバターやアイテムなど含めこの手のものをスタートした場合、長期的に計画し維持し続けないと目標がなくなってしまいますので、コストを過剰にかけすぎることなく、しかもユーザを飽きさせないように適度にメンテナンスをしてくのが重要だと思っています。そして、これらの施策にどれくらい効果があるのか、受講者のモチベーションはどう変わるのか、今後のデータ分析でしっかり確認していきたいと思っています。
今後が楽しみですね。最後に、そのほか興味をお持ちの分野があればお聞かせください。
矢崎様:ここまで技術教育を主眼においてLMSの開発をしてきましたが、社内のほかの教育、たとえばお客様応対の教育などにもこのLMSが使えるのではないかと考えています。お客様応対も車の整備と同様に知識を理解しているだけではなく、ちゃんと行動に移せるのかといった技能的な要素が求められますから、このチェックシート機能をカスタマイズしてバーチャル問診みたいなものが実現できれば面白いですね。
(*) 「ビジネスインテリジェンスツール」の略。企業に蓄積された大量のデータを集めて分析し迅速な意思決定を助けるためのツール。
ご利用いただいた製品・サービス
お客様情報
名称 |
トヨタ自動車株式会社(TOYOTA MOTOR CORPORATION) |
創立 |
1937年(昭和12年)8月28日 |
本社所在地 |
愛知県豊田市トヨタ町1番地 |