特別インタビュー①

田村恭久
国際的動向にみるラーニング・アナリティクス活用の可能性

上智大学理工学部情報理工学科 教授
田村恭久

たむら・やすひさ/1961 年生まれ。工学博士。ラーニング・アナリティ
クス研究の第一人者。著書に『情報教育事典』『高等教育におけるe ラーニング: 国際事例の評価と戦略』等がある。

ラーニング・アナリティクスは
学習者に、提供者に、ビジネスに何をもたらすのか?
海外の事例にも明るい第一人者、田村恭久教授に聞いた。

規格化・標準化が急ピッチで進むラーニング・アナリティクス

ラーニング・アナリティクスの国際的動向と国内における普及状況についてお聞かせください。

ーニング・アナリティクス(以下LA)に特化した国際会議は2 つあります。2008 年からスタートしたEDA(Exploratory Data Analysis) と、2011 年にスタートしたLAK(Learning Analytics and Knowledge)です。

主にLMS で取得できる学習履歴データをいかに活用するかという議論が盛んに行われており、蓄積された研究成果の一部がビジネスに活用され始めています。とくにアメリカ、カナダ、オーストラリアが先行している状況です。さらに、2015年6 月には国際標準化機構(ISO)にLA のためのワーキンググループが発足し、実用化にむけた規格化・標準化が急ピッチで進められています。

一方、国内に目を向けますと、九州大学や法政大学にてLA に対する取り組みがスタートしつつあります。こうした動きはまだまだ限定的ですが、LA に関する研究や先行事例による成果が取り入れられ、実際の教育現場に導入されていくというのが、ここ数年の流れになるでしょう。

従来の価値観から解放され「学習者主体の、より学びやすい環境づくり」を

LA によって教育はどのように変わるのでしょうか。そして、教育に携わる人間はどのような心構えを持つべきでしょうか。

生の説明しているページと違うページを見ていて怒られた経験はありませんか? しかしながら、先生と同じページをちゃんと見ている学生の成績が必ずしも良いとは限らない――こんな事実がエビデンスベースで明らかになってきています。

これは授業で教員と学生が閲覧したページ遷移を表したデータです(図1)。

図1: 教員と学生の閲覧ページ遷移

図1: 教員と学生の閲覧ページ遷移

横軸が授業時間、縦軸が授業スライドのページ、太線が教員の説明しているページ遷移、細線が学生の見ているページ遷移を示す。

教員が説明しているのとはまったく違うスライドを見ている学生もたくさんいますが、検証の結果、見ているページと成績との相関がないということが分かってきました。「今日の授業は何をやるのかな」と最初に全体像を把握したがる学生もいますが、彼らも良い成績を取っています。ここには、一人ひとり勉強の仕方が異なるという当たり前の事実があります。

最適な学習スタイルは十人十色である――これまで見逃されがちだった重要な事実を識別
するツールとしても実はLA は有効です。「先生の説明しているページをちゃんと見る」といった従来の価値観、先生のスタイルにあわせるやり方から解放され、今よりももっと学習者中心の学びやすい環境をつくるツールになりえるという点で、LA には大いに期待しています。

何十万人もの指導経験を瞬時にシェア!「ロボット家庭教師」は教育ビジネスの切り札になるか?

LA は、まずは学習効果や教育の質の改善に有効といわれますが、塾や教育事業経営におけるLA 活用の可能性はいかがでしょうか。

LAを使ってどのようにビジネスをするのかと聞かれることがあります。そのひとつの例として私は「ロボット家庭教師」と答えています。一人ひとりに最適化されたアダプティブラーニングをロボットで自動的に提供することでより安価に提供できるのはもちろんですが、より大きな効果は何万人、何十万人もの過去のデータを活用できる点にあります。

もちろん、顔色を見る、微妙なニュアンスを汲み取るといった人間の家庭教師にしかできないこともありますが、一方で、人間の家庭教師には難しい何十万人分の指導経験をロボット家庭教師なら瞬時にシェア可能です。公教育において先生が一人ひとりを十分にフォローするのが難しいという課題に対し、私教育にはよりパーソナルな役割が期待されますから、LA を活用したより細かい指導、個々にあった学習は、私教育において大きな強みになりえる姿だろうと捉えています。

IR・学生募集・退学防止にも。大学経営におけるラーニング・アナリティクスの可能性

大学経営におけるLA 活用という面ではどのような可能性が考えられますか。

営改善や教育の質向上のためにIR(Institutional Research)活動を進める大学が増えています。履修データなどをもとに学校評価を行うためのものですが、このデータや活動をもっと細かくしていくとLA に近しいものとなります。こうしたIR 活動にLA で得られるデータや分析結果を役立てることも期待できます。

また、デジタル・ナレッジ社が研究を進めている「退学予兆検出」のように、過去の退学者データの分析により退学予兆を事前に察知し退学防止を図る活動も、大学経営においては重要な意味を持つでしょう。

国内の大学の40% が定員割れを起こしている今、多くの大学が大変な努力をして学生募集を行っています。そういった学校において「学生一人ひとりに適した個別学習を提供しています」という訴求を行うためにLA を活用するという手法もあり得るでしょう。既にLMS が整備されコンピュータ上に学生の活動や履歴が見えているオンライン大学などにおいては、より直接的な効果が大きいものと考えられます。

(談)


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