(最終更新日:2022年7月19日)
こんにちは。研究員の岡田です。
以前も告知していましたが、2019年に日本アクティブ・ラーニング学会の理事に就任し、その活動の中で改めてアクティブ・ラーニングについて考える機会をいただきました。学校現場での研修会に参加させていただくと、まだまだ誤解されている部分もあるな、というのが正直な感想です。
紙幅の関係上、学術的な歴史や概念について深入りするつもりはないですが、日々の授業実践の中で何がポイントなのかを(今更ながら)整理する機会としたいと思います。
今、政府・文部科学省が推進している「GIGAスクール構想」(https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm)とも合わせて整理したいと思います。というのも、アクティブ・ラーニングと教育ICTは親和性が高いからです。
特に、文部科学省がひとり一台タブレットを推進する目的の一つに掲げている「個別最適化」と「アクティブ・ラーニング」との関係については、あまり論じられていないと思います。
目次
アクティブ・ラーニングの定義
さて、そもそも「アクティブ・ラーニング」とはどんなものなのでしょうか?
アクティブ・ラーニングは、文部科学省中央教育審議会答申にて2012年8月に取りまとめられました。
かなり以前のものですが、資料から一部を抜粋しましょう。
「アクティブ・ラーニングとは、学生にある物事を行わせ、行っている物事について考えさせること」
とあります。
その一般的な特徴としては、以下の事柄が掲げられています。
(アクティブ・ラーニングの一般的特徴として挙げられる点)
(a) 学生は、授業を聴く以上の関わりをしていること
(b) 情報の伝達より学生のスキルの育成に重きが置かれていること
(c) 学生は高次の思考(分析、総合、評価)に関わっていること
(d) 学生は活動(例:読む、議論する、書く)に関与していること
(e) 学生が自分自身の態度や価値観を探究することに重きが置かれていること
(f) 認知プロセスの外化を伴うこと
この資料が発表された当時、教員の中ではこれらをどのように受け止めて良いのか戸惑った方々が多くおられました。私も当時は教壇に立つ身として、同僚たちが戸惑っていたことを覚えています。
なぜ、戸惑っていたのでしょうか?
一言で言うと「教育観の違い」だと思います。
あるいは「知識についての観点の違い」と言うべきかもしれません。
この詳細は後述しますが、この見解の相違(価値観の相違)が浮き彫りになったというだけでも、文部科学省によるアクティブ・ラーニングの推進には一定の成果があったと(今では)言うことができるでしょう。しかし、当時は肯定派と否定派がお互いに議論が噛み合わず戸惑いを覚えていました。
上で紹介した文部科学省の資料を眺めてみても、教育学部で教えられるようなブルームのタキソノミーやラーニング・ピラミッドの話を整理しているだけでした。しかし、教育学の教育を専門に受けた人なら、これらの資料から、どのような教育パラダイムを持つべきかということは割と自然に理解できます。一方、教員の全てがそのような専門教育を大学で受けているわけではありません。
アクティブ・ラーニングという「手法」を問うことで、教育現場に潜んでいた教育観のバラつきが表面化し、その上で「教師からの知識伝授」という教師主体の授業から、「学習者による知識獲得」の学習へのパラダイムシフトを意図していることが明確になっていったのです。
その後、文部科学省は公式文書から「アクティブ・ラーニング」という表現を出さなくなりました。理由は、この表現に対しての解釈が多様にあり得たので、更に混乱が生じたからだと思われます。例えば、ディスカッションやPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)などの手法の「どれが」アクティブ・ラーニングなのか・・・などの線引きが議論されました。かわりに今でも使われているのが「主体的で対話的で深い学び」という表現です。この頃から、アクティブ・ラーニングの推進の意図が、教育パラダイムの違いを認識し、パラダイムシフトを教育現場に迫ることだということあることが浸透していきます。
※このブログでは、混乱を避けるため、一貫して「アクティブ・ラーニング」という表現を使います。
ここで一旦骨子を整理しましょう。
アクティブ・ラーニングと対置されていた「知識伝授」型授業の特徴は、
(1)教育は知識を伝えることである
(2)教育活動は教員主導である
(3)教育スタイルは、主に一斉講義となる
(4)教師の役目は「知識を正確に伝えること」
(5)学習者の役目は「知識を正確に再現できるようになること」(暗記すること)
(6)評価は主に教員が行うため、客観テストが多用される
(7)知識は、揺らぐものではなく確定的。その獲得方法は不問
それに対して、アクティブ・ラーニングは
(1‘)学習は知識を獲得することである
(2‘)学習活動は学習者主導である
(3‘)学習スタイルは、協働的である
(4‘)教師の役目は「知識構成を促すこと」
(5‘)学習者の役目は「知識獲得のための活動を行うこと」
(6‘)自らの活動・認知プロセスに対しての自己評価も含める
(7‘)知識は、獲得内容や獲得方法が重視される。途中で改訂されることがありうる。
という観点のもとで行われます。
なぜアクティブ・ラーニングが注目されているのか?背景を知ろう
上記のように整理すると、何か「対極的な教育方法」が出てきたように思われますが、それは半分が正解で半分は異なります。
実際、従来の教育を受けてきた人たちもアクティブに学んでいた人はいますし、そもそもそういう人たちが育ってきていないのであれば、アクティブ・ラーニングの良さを「実感」した人がいないはずです。つまり、大多数ではないかもしれませんが、先生方は学習者に対してアクティブ・ラーニングを促す授業をしていなかったわけではないのです。
では、なぜ、改めて「今」アクティブ・ラーニングが注目されているのでしょうか。
大きく言って理由は2つあります。
- 産業の変化によって「求められる人材像」が変化したから。
- 学習の科学研究から人の「認知プロセス」が明らかになってきたから。
それぞれについて見ていきましょう。
(1)産業の変化によって「求められる人材像」が変化した
個人的な思い出ですが、関西人である私は、幼い頃、阪神タイガース・阪急ブレーブス・南海ホークスが好きでした。(これで大体の年齢がバレる)
これらの球団に共通しているのは、「電鉄会社」がオーナー企業であるということでした。
ところが、阪急はORIXに、南海はダイエー→ソフトバンクへとオーナー企業が変わっていきます。
それだけ時代の趨勢が変わってきたということでしょう。私が教壇に立っていた頃、このような例を上げながら、第一次産業・第二次産業・第三次産業の違いと、日本社会がどのように変遷していったのかを話していました。
私が生まれてから現代まででも、産業の構図は変わってきています。
求められる人材が工業的人材であれば、統一的な知識・技能を持ち、勤勉でミスが少ない人材を育成することが教育の目的となるでしょう。マニュアルを適切に読み解き、その通りに再現をする人材が求められ、その人材を管理する一部の人間と、マニュアルを開発できる一部の人間がいるとそれで完結します。
このような社会の場合、学習内容も一律です。習熟度が話題にされ、手際良く知識・技能が再現することが優秀であるとされます。
ところが、情報化社会となり、新しい技術が次々と生み出されていく時代には、大量生産・大量消費というビジネスモデルが成立しにくくなります。小ロットでも価値あるものは口コミで売れる時代です。そのような時代に求められるのは、「価値Value」を生み出すことができる人材です。典型はYouTuberではないでしょうか。人が見たくなる動画を作り、実際に見られるということは、少なからずそこに「価値」があります。
価値を生み出せる人材に必要なのは、「主体的に考える」「知識をアップデートしつづける」「常識に囚われない」「人が求めるものを対話的に追求する」ということではないでしょうか。
これこそが、近頃よく耳にする「VUCA」(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた表現。「ブーカ」と発音する)の時代に求められる姿勢だと思われます。
受動的な学びを経た労働者が主体的に自らの仕事に価値付けをすることは考えにくく、そのため、時代の流れを受けて都度都度「主体的に学ぶ」ということが求められてくるようになりました。また「リカレント教育」(生涯学習)が話題になっているのも、このような世の中の変化に対応するためです。
(2)学習の科学研究から人の「認知プロセス」が明らかになってきた
以前、面白いセミナーを受けました。ハーバード大学で教えた経験があり、日本にアクティブ・ラーニングを広めた一人である羽根拓也さんのセミナーでした。
受講者でペアをつくり、ジャンケンで勝った方があるテーマの内容を要約して相手に伝えるというものでした。しばらく経って、今度はその要約した内容を手元のメモに思い出しながら記す・・・という流れでした。その時のペアワークで私が要約した方だったのですが、メモはその要約内容をスラスラ書くことができました。当然です。自分で話した内容なので。ところが、相手の方はなかなかメモが取れなかったんですね。羽根さん曰く、アクティブ・ラーニングのポイントは「開脳」だということでした。これは羽根さんの造語なのですが、要は脳が活性化するような状況の学びを提供するのがアクティブ・ラーニングだというのです。
これに近い感覚を持ったことがあります。東京大学の教授だった故・三宅なほみ先生が普及させた「知識構成ジグソー法」に出会った時でした。
この知識〈構成〉という言葉が重要です。先ほど述べたように、「知識」について、それが確定的で不変的なものと考える場合、知識は授受されるものであり、その内容については学習者は介入できないものであり、結果として知識が定着しておればよく、その獲得状況は重視されませんでした。しかし、実際には知識は変わることがあります。これは例えば「1192つくろう鎌倉幕府(いい国つくろう鎌倉幕府)」と以前は教えていたことが、「1185つくろう鎌倉幕府(いい箱つくろう鎌倉幕府)」のように学術的な調査の結果として知識が変わったというのではなく、学習者の関与の仕方によって知識が持つ構造や意味が変化することを意味します。例えば「神」。日本での神様の概念と、キリスト教的一神教の神様とでは全く意味が異なります。信仰や文化に触れて「神」という知識内容自体が多様でありうることを学ぶ、ということはあると思います。知識や概念は学習により成長もするし、変容もします。
アクティブ・ラーニングでペアワークやディスカッションが重視されるのは、隣のクラスメイト(同じ文化圏・同じ年代)でさえ、同じ文章を読んだ時の理解の仕方が異なる可能性があり、同じ知識でも使い方・理解の仕方が異なる可能性がある・・・ということを学ぶことで、その知識・概念の理解が多様で豊かになり、応用範囲が広がることが分かってきたからです。そのような多様な理解の仕方を、集団学習の中である程度テンプレート化した手法が「知識構成ジグソー法」です。もちろん、この方法だけが正しいのではありませんが、認知科学の研究によって、他者との対話的な学びの中で知識を獲得していくことが好ましいことがわかってきました。
「比較すること」は深い学びを促すキーワードの一つですが、クラスメイトの思考・気づき・意見と自らのそれとの比較をすることで、相互的に深め合うことができます。
このように、学習者を一人称とした「知識獲得」や「知識構成」や「信念改訂」という学びのプロセスが充実することは副次的ですが大きな効果をもたらします。それは「学び続ける」モチベーションになる、ということです。小学校の時に理解した知識が大人になっても不変であるならば、学び直す必要を感じないでしょう。もしかしたら小学校の時に誤解して理解していたかもしれない・・・というように「知識獲得にエラーがあるかもしれない」「知識構成に再構成の余地があるかもしれない」「そう信じていたことが間違っていたかもしれない」ということを実感として持った学習者は生涯学習・リカレント教育についても開明的になりやすいものです。
また、一人の先生の指導(知識伝授)に対しても「別の理解の仕方があるのではないか?」と相対化できるようになることも期待されます。
より期待の大きいことを言うと、アクティブに学ぶことが習慣化すれば、次のステップとして、学習者自身が自らの学びを戦略的に進めることもできるようになってきます。自らの資質・能力や興味・関心を考慮に入れてトレーニングメニューを選べるようになるのです。これを「学習方略」と言います。
このような戦略的・セルフマネジメント的なスキルを身につけるためにも、教師による画一的なトレーニングを基盤とした従来の教育観は見直されるべきです。
アクティブ・ラーニングの実施状況について
リクルートマーケティングパートナーズの調査によると、全国の全日制高校のうち、90.4%がアクティブ・ラーニング型授業を導入しています。これは2018年の調査結果ですが、2014年は47.1%だったのに対し2016年には92.9%となり、それ以降は90%以上の実施率を維持しているようです。
デジタル・ナレッジが運営するeラーニング戦略研究所でも2015年になりますが、アクティブ・ラーニングに関する調査を実施しています。これは小・中・高校教員を対象とした調査です。
この調査の結果、小・中・高校で主に実施されているアクティブ・ラーニングは 「グループワーク」79%、「問題解決学習」59%、「ディスカッション」56%の順に多く、学年・科目を超えて多方面的に活用されていることが明らかとなりました。とくに、小・中学校の9割近くが「全学年」でアクティブ・ラーニングを取り入れており、学校を挙げて取り組んでいる導入校が多い様子が読み取れます。アクティブ・ラーニングを実施している学校では、「主体性が身に付いた」「理解度が高まった」「思考力・表現力の向上」など実に6割がアクティブ・ラーニングの成果を実感しています。
2017年には大学・専門学校におけるアクティブ・ラーニング調査を実施していますが、やはり「主体性が出てきた」 「学習意欲が向上した」 「社会人基礎力がつき就職内定率アップにつながった」等の効果や学生の変化を過半数の教員が実感しているという結果となっています。
出典:株式会社リクルートマーケティングパートナーズ (2019)『高校教育改革に関する調査2018 「アクティブラーニング型授業」編』
https://www.recruit-mp.co.jp/news/20190207_01.pdf(2021年12月27日参照)
出典:eラーニング戦略研究所 (2015)『アクティブラーニングに関する意識調査報告書』
https://www.digital-knowledge.co.jp/wp-content/uploads/2016/01/5992338349f332a4f35278972b2b6eb4.pdf(2021年12月27日参照)
出典:eラーニング戦略研究所 (2017)『大学・専門学校におけるアクティブラーニング実施に関する意識調査報告書』
https://www.digital-knowledge.co.jp/wp-content/uploads/2017/03/active-learning-investigati-univercity.pdf
アクティブ・ラーニングの具体的方法
アクティブ・ラーニングには数多くの手法がありますが、ここでは代表的な手法を5つ取り上げてみたいと思います。
1)課題解決を通して学習する「PBL」
課題解決型学習とよばれるPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)は、その名の通り、課題解決に取り組む過程でさまざまな知識を得ていくという学習方法です。答えが複数ある課題について学習者自らが仮説を立て、調査し、検証するということを繰り返します。
PBLの対極にあるのがSBL(Subject-based Learning)です。これは教員が教科書に沿って授業を進めていくという従来の授業スタイルです。この2つは学習のプロセスやアプローチがまったく違います。SBLではひと通りの基礎知識を身につけてから、それを実践に生かすにはどうすべきかを考えます。一方、PBLは“最初に課題ありき”。ある課題をクリアするためにどんな知識が必要か、その知識を得るためにはどのように学ぶべきかなど、自ら考えて各方面からアプローチしていきます。
こうした性質からPBLには知識が定着しやすくなる、思考力が鍛えられるといったメリットのほか、社会問題への意識付けといった効果も期待されています。
勉強の本来の目的とは何でしょうか? それは目の前の問題を解決することだと思います。我々大人は、日々の生活や仕事で直面する問題を乗り越えるために知識や考える力が必要なことを身をもって知っています。しかしながら、まだそういった経験が少ない子どもの中には学ぶ目的を見失ってしまう子もいるでしょう。「勉強する意味が分からない」「やる気がない」といった子どもに対してもPBLは有効なのではないでしょうか。
2)生徒同士の対話の中で知識を深めていく「知識構成型ジグソー法」
先ほども少し触れましたが、知識構成型ジグソー法は生徒同士が教え合うことで理解を深める学習方法です。ある程度の人数がいる時に行います。
ジグソー法では、まず生徒をグループ分けします。教員は全体テーマと、それを3~6個(グループを構成する生徒と同じ数)に細分化した学習内容を伝えます。グループ内で誰が何の学習内容を担当するか決めたら、一度グループを解いて学習内容別に集まります。そこではメンバーがその分野のエキスパートとなり、学習内容を深めます。再び元のグループに戻ったら、専門家として自分が学習してきた知識をわかりやすく伝えます。他の生徒が学習してきた知識と統合したらグループ内で全体テーマに対する答えを導き出し、グループ毎に発表します。
ジグソー法の特徴は、問いに対するヒントをわざと分解して複数人に提示し、各自がそれを持ち寄って答えを導き出すというプロセスです。バラバラのヒント(知識)が1ヶ所に集まる様子がジグソーパズルに似ていることからジグソー法と名づけられました。
ジグソー法では、他者の思考を理解する力、比較する力、自分の考えを深める力、他者と協働する力(チームワーク)などを養うことができます。
Think-Pair-Share(シンクペアシェア)は、ペアを組んだ相手と1つのテーマや問題について話し合って意見をすり合わせ、まとめた内容を全体に紹介する方法です。ペアの考えに違いがある場合には、なぜそのように考えたのか、根拠を明確にしながら説明し合います。また、双方の意見を取り入れて1つの意見にまとめることができないかを検討します。
Think-Pair-Shareは、他者の意見と比較をしながら自分の考えを明確にしたり深めたりしていくのに効果的です。また、クラスやグループ全体での討論をするときの準備としても活用できます。
このように、相手の意見や自分とは違う価値観を認めつつ自分の考えを言語化し発表する能力は、社会に出て仕事をする際にも大いに役立ちます。人間関係の構築や、社会生活のさまざまな場面でコミュニケーションを円滑にするためにも、Think-Pair-Shareは有効な手法です。
4)他者のフィードバックを自身のプロダクト改善に活かす「ピア・レスポンス」
ピア・レスポンスは、学習者同士がお互いの文章や発表内容をチェックし合う活動です。レポートやプレゼンの準備段階において、アウトラインを他者の目を通して検討することで改善のヒントを得ることを目的としています。
実施方法としては、まずペアをつくり、お互いのアウトラインを読み合います。次に1人が自分のアウトラインを説明して、もう1人は聞き手になります。聞き手は書き手に質問や感想、アウトラインのよいところや改善した方がよいと思う内容を率直に伝えます。役割を交代して同じことを繰り返します。その後、相手からのフィードバックを参考にしながら、各自がアウトラインを改善する作業をします。
ピア・レスポンスの醍醐味は、書き手と読み手の視点を交互に体験しフィードバックし合うことで、読み手に配慮した表現能力を磨き、プロダクトの完成度を上げることにあります。さらに、自分1人ではわからなかった気づきを得て内省をしたり、他者の考えを聞くことで多様な視点に気付いたり、他者の意見を聞き理解した上でプロダクトに反映させるかどうかの判断を行ったりするなど、メタ認知能力の向上も期待されます。
5)答えのない課題に自分なりの答えを見つけ出す「探求学習」
探究学習とは、学習者が自ら課題を設定し、主体的に答えを導く学習方法です。最近では多くの学校で教科科目の枠を超えて取り入れられているため、聞いたことがあるという方も多いと思います。
生徒は自らの内発的な問いから課題を設定し、情報収集や情報の整理・分析、まとめを主体的におこないます。情報収集は文献やネットに限らず、しばしばフィールドワークとよばれる活動によっても行われます。フィールドワークとは調査対象がいる(ある)現地に出向いて調査する方法です。このようにして得た研究成果を考察し、レポートにまとめたり発表したりすることで、自分なりの答えを導き出します。最初に紹介したPBLと似ているようですが、課題解決に重きが置かれていたPBLとは異なり、探究学習では自分なりの答えを導く“プロセス”そのものが重視されます。
じつは、探究学習に真剣に取り組んでいる学習者ほど、国語や数学などの科目の学力が伸びるという文部科学省のデータもあります。正解のない問いかけに対し、自ら考えて最適な解を探す活動によって思考力や表現力が鍛えられるだけでなく、主体的に取り組む姿勢や学びへの本質的な探求心が育まれるためと考えられています。
アクティブ・ラーニング実施時のポイント
では、教育現場で実際にアクティブ・ラーニング型授業をする時のポイントはどのようなことがあるでしょうか。ここではポイントとして以下の三つを掲げたいと思います。
ポイント1:学習主体者は「学習者」であっても、その授業デザインは「教員」が緻密に行う
学習は学習者が行うものです。その意味で、実際の学習活動をするのは学生ですが、そのメニュー作りや環境作りや学習者がどのような認知活動をするのかをデザインするのはあくまでも教師です。
例えて言うなら、サッカーをするのは選手(学習者)ですが、コーチや監督(が練習の機会を提供したり、プレイの仕方について指示をしたりしますよね。主人公が学習者だからと言って、「何をやってもいい」「任せた」と言いながら本当に放置するのでは成功しない場合が多いです。表に出なくても、舞台監督としての教員の役割は多岐に渡ります。
では、その教育デザインで教員が考えなければならないことは何でしょうか。
当然ながら、授業では次のことが考えられなければなりません。
「単元学習で定着させなければならない知識・概念・技能は何か?同様に養わなければならない資質・能力は何か?」
「その力を養うためにクラスで活用できる時間・ツール・リソース・環境は何か?」
「どのような活動がその力を育成するのか?」
「その活動を効果的にするために、どのような問いかけなどの動機付けが考えられるか?」
ということに注意して、シナリオメイクをする必要があるでしょう。
特に気を付けたいのが、「主体的」「対話的」で「深い学び」を達成するために設計に入れておくべきなのが「発達の最近接領域」です。これは心理学者ヴィゴツキーの用語です。子どもが現時点で遂行できる発達水準と、周囲の支援があれば何とか遂行できる発達水準との間の領域のことです。平たく言うと、学習者がサポートさえあれば「背伸びをして手が届くレベル」の課題遂行を授業設計にいれておくべきだということです。
当然ながら、既にできることを授業するのは時間の無駄です。とはいえ、難しすぎるとモチベーションが下がります。学習者が何とか頑張ってできるタスクを用意することで、成長が促せます。
ポイント2:安心安全な場作りを日頃から行う
アクティブ・ラーニングには活動が伴うことが多々あります。意見発表、ディスカッション、創作など、活動によって自らの認知・理解・知識をアウトプットする(外化する)ことが重要です。
外化すると、その活動や成果物は他人の目に触れることになります。
なぜ、外化が必要なのでしょうか?
もし、あなたが自分の見映えを良くしたいとしたら、まずどうしますか?妻に丸投げでセッティングしてもらうという方法もあるでしょうが、普通は鏡を見ます。鏡は自分の姿を客観しするためのものです。そこで見えた姿をどのように変えたら理想に近づくかを考えて、髪の毛を触ったりしますよね。自分の意見や知識を一旦アウトプットすると、それを修正・訂正したり客観的に操作ができるようになります。また周囲と比較することで、新たな気付きを得たりもできます。
これは、小学生で言うと、しっかりとミスなく計算ができるようになるために暗算ではなく紙に筆算を残すように指導するのと似ています。計算ミスがあった場合、暗算だと「どうやったか忘れちゃった」「ケアレスミスです」というように、自分の計算プロセスを客観視することが難しいのですが、筆算が残っているとミスした箇所や手順の悪さを認識することができます。
外化をするということは、自らの認知プロセスを客観しすると共に、外化するためにインプットも充実させようとする意識が働くことになります。
また、授業設計でも「発達の最近接領域」に照らしたタスクを提示すれば、失敗することも多々あります。むしろ失敗から学ぶことの方が多いのです。
このような外化を前提とした学びでは、何よりも大事なのは、学習者にとって真剣に取り組んだ学びが他者によって不当に扱われないように教員が場をデザインするということです。失敗をしたとしても、非難されない、安心・安全な学びの場をつくるのが教師の役目なのです。
ポイント3:振り返りも含めた形成的な評価を残す
上記のような活動をしていくと、授業前・授業中・授業後の学習者の知識・概念が変化してくことがあります。それの振れ幅が多いほど、発達が進んでいると言えます。
ただ、「発達の最近接領域」のところでも述べたように、授業内での協働的な学びの場面では学習者は「背伸び」をしている状態です。家に帰れば背伸びをやめます。その状態だと、一旦得た知識・概念・感情といったものはすぐに日常の中に埋没します。
単なる感想文ではなく、授業終了時に「何に気づいたのか」「どのような変化があったのか」という自らの『認知プロセス』をメタ認知的に理解し、残すことで、今後の知識獲得・知識構成のレベルの高い再現ができるようになっていきます。
自分の認知プロセスの癖などを知ることで、学習をセルフマネジメントすることにもつながるでしょう。
このように、自らの学習活動によってできた「成果物」や「振り返り」、振り返りを通じて再度チャレンジできた「(新たな)成果物」を、学習履歴として残すことを学習の「ポートフォリオ」と言います。今、「eポートフォリオ」ということが盛んに言われていますが、電子化したものを言います。
アクティブ・ラーニングと教育ICTの関係性
ここで、アクティブ・ラーニング推進のためには教育ICT活用が非常に重要であることを強調したいと思います。
アクティブ・ラーニングにICTツールやデバイスが「必須」かと言われると、もちろん必須ではありません。しかし、あった方が良いですし、あるとアクティブ・ラーニングが進みます。
変な喩えかもしれませんが、教育ICTのツール・デバイスは、自転車やバイクに似ています。移動するのに、自転車が必須かと言われると、「(遠くても)歩いていくことはできる」と言うことができます。自転車が便利だと頭で理解していても、乗ったことがない人は乗る練習をする時間・労力を考えると、歩いた方がいい、と判断することもあるでしょう。しかし、乗ることをしなければ、自転車の楽しみ方も、その便利さもわからないままです。
教育ICTを活用した学びのメリットは、大きく言うと3つあると思います。
・記録する
・共有する
・表現する
「これくらい、アナログ(紙)でできない?」という意見もありそうですが、学習活動の全てを「文字・図絵」で残すことはできません。例えば、音楽であれば「音声」で残したいでしょうし、体育であれば「動画」で残したいでしょう。英語でも発音トレーニングをする場合、音声として記録し、それについて修正をしていかないと発音のレベルアップは望めません。(弊社の『トレパ』はAIによる音声認識技術をつかった発音トレーニングができます。 https://torepa.jp)
私が教壇に立っていた時には、生徒たちのノートチェックを細かくしていました。ノートには、生徒の解答プロセスが残っています。それについて、私がコメントをすることで、インタラクティブな対話がそこで繰り広げられます。そのためのフィールド・コンテンツを共有しないと、このような対話は始まりません。教育ICTのメリットは、データを記録することで、それを共有することができます。メールやSNSやストレージで、それが簡単に行えます。
自らの考えや理解したことを表現することも重要なアウトプットとなります。
先ほどの記録のメディアの多彩さによって表現の幅も広いのが教育ICTのメリットです。
「人にわかりやすいようにするには、どのようなメディアで、どのような表現をするべきなのか?」というのも、独りよがりにならない表現力を身につける好機です。
上記に加えて、プログラミング学習などで(アンプラグドと異なり)PCやタブレット端末を使うことで、何度もやり直しができたり、リアルタイムの調整・工夫を行うことも期待されています。
GIGAスクール構想で一人一台端末という話題がメディアを賑わせています。文部科学省は端末導入の目的の一つとして「学習の個別最適化」(アダプティブ)を掲げています。
もちろん、このような活用も期待されるべきでしょう。しかし、この個別最適化が「独習の効率化」だけを意味するのであれば、それは残念なことです。ぜひ、集団のダイナミズムの中での学びにICT活用をしていただきたいと思います。
アクティブ・ラーニングの失敗要因
以上、アクティブ・ラーニングのポイントについてつらつらを書いてきました。しかし、最初に私が述べたようにアクティブ・ラーニングについて誤解も多くあります。
いくつか、失敗要因・誤解について私なりに整理したいと思います。
(1)はいまわる「活動主義」
学習活動を重視することと、「活動さえしていればアクティブ・ラーニングになる」ということとは全く異なります。これは以前から指摘されていることですが、ペアワークを取り入れる、ディスカッションをする、という形式的な活動を取り入れることが目的ではありません。「どのような力を育成するための活動なのか」というポイントは外さないようにしたいものです。
実際にアクティブ・ラーニングを取り入れたけれども、全然盛り上がりもしないし、理解も深まらなかった、というのは、このタイプでしょう。
(2)全員参加を強要
学習者の個性や人間関係によって、積極的に学習活動に参加する者と消極的な者はバラつきます。その参加具合を統一しようと、全員が同じように参加することを求めると、ストレスになります。一斉に同じ行動をさせるのであれば、多様な認知による集団のダイナミズムは生まれません。参加の仕方の濃淡があったとしても、それぞれがそれぞれのスタンスで学習活動に参加できるようにデザインすることが重要です。
(3)教えすぎる
どうしても教員の習慣として、「理解させる」「わかりやすく説明する」という教える行為を重視しがちです。しかし、自ら考えている最中の学習者にとって過剰なガイドは自ら深く考える機会を奪うことになります。授業内での学習活動に際しては、十分に思考を深める時間的余裕も含めた設計をするようにしたいものです。
他にもありますが、授業のスタイルの変更によって成果がでるためには、体質改善のようにゆっくりとクラス内での意識を変えていくことも大事です。
国内でのアクティブラーニングの実例
では、アクティブ・ラーニングのベストプラクティスを一例ですが紹介します。
グローバル・ティーチャー賞2019のファイナリスト・トップ10にアジア人で唯一選ばれた正頭英和先生(立命館小学校)の授業です。(http://www.ritsumei.ac.jp/primary/news/detail/?post_id=255)
正頭先生の授業の概要は次のようなものです。
・マインクラフトを使って、立命館小学校の小学生が京都の史跡を制作。
・海外の小学生たちとオンラインで、それぞれが制作したマインクラフト上の史跡を英語で紹介しあう。
というものです。
コミュニケーションによる英語力向上を目指すのであれば、ネイティブ・スピーカーとの対話の機会を創出することが重要だということで、ALTを学校に配属するというのが一般的です。ところが、問題なのは「何を対話したいのか」というテーマ・コンテンツです。
いわゆるクラスルームイングリッシュのように、挨拶に代表される定型文のやりとりではなく、言葉を紡ぐような「伝えたいことを表現する」という主体的な活動を促すことが教員の腕の見せ所です。
正頭先生は、うまく「自分で調べたことを自分でつくる」ことで制作物にコミットするように促します。このような主体的な活動を通じて、自分が作ったものを人に伝えたいというモチベーションを確保した上で、「対話の場」を設定しました。
普通、ネイティブ・スピーカーと非ネイティブ・スピーカーとの英会話の場合、メリットは学習者の方にあり、「教えるー学ぶ」という一方的な関係になりがちでした。しかし、お互いに自分が調べた史跡について、制作物を見せながら説明する中で、お互いの文化・歴史というコンテンツについて学び合うという機会を担保しました。
様々な要素が絶妙のバランスで結実した授業だと思います。
2020年3月12日には正頭先生の新刊も出版される予定ですので、そこで詳しく意図などを知ることができるでしょう。
新しい学習指導要領にも登場したアクティブ・ラーニング
2020年度より実施されている新しい学習指導要領にアクティブ・ラーニングの導入が明記されました。
文部科学省が定める新しい学習指導要領は、小学校では2020年度、中学校では2021年度、そして高等学校では2022年度の入学生から全面実施されています。
そもそも今回の学習指導要領は、社会のめまぐるしい変化に対応し、生き抜くために必要な資質・能力を備えた子どもたちを育むことを目的に改訂されたものですが、この新しい学習指導要領では「何ができるようになるか」「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」というアクティブ・ラーニング視点からの授業改善が重視されているところがポイントです。
具体的には、主体的・対話的で深い学びの実現(アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善)として次の3つが挙げられています。
1)「主体的な学び」
学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」が実現できているか。2)「対話的な学び」の視点
子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。3)「深い学び」の視点
習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できているか。
このように、子供たちが能動的(アクティブ)に学び続ける「アクティブ・ラーニング」の視点から、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を重視して、学校の授業を改善していくことが求められていることがわかります。
今回の改訂が目指すのは、学習の内容と方法の両方を重視し、子供の学びの過程を質的に高めていくこと。その一つの柱としてアクティブ・ラーニングが重要な役割を担っているのは間違いないようです。
最後に
日本アクティブ・ラーニング学会は、2030年には解散することを宣言しています。理由は、その時期には「アクティブ・ラーニング」ということがわざわざ口にされなくても、全ての学習者がアクティブに学ぶ社会が実現されているだろうという期待が背景にあるからです。(https://jals2030.net)
人間には好奇心があります。学びは本来楽しい部分が少なからずあるはずです。その本来持っている資質・能力を従前に発揮できるように、今一度、アクティブ・ラーニングの重要性についてそれぞれの立場から考えていただきたいです。
最後まで読んでくださった皆様に。
まず、私たち大人がワクワクする学びをしていきたいですね。
デジタル・ナレッジは、そんな学びをeラーニングの立場から支えていきたいと考えています。
デジタル・ナレッジのアダプティブラーニングソリューション
デジタルナレッジのアクティブラーニングソリューション『Clica』